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2016/10/9




 
[プロフィール]

 百合道子
 
 添田千恵子

 

講演会&コンサート 第2部   島崎藤村と北原白秋

2011/11/12(土) 大磯町、海の見えるホールにて

百合道子コンサート

歌と語り  : 百合道子
 ピアノ伴奏 : 添田千恵子

この道  (詩 北原白秋、曲 山田耕筰)
今日は大磯ゆかりの島崎藤村と、小田原に8年間住みました北原白秋の歌を中心にお送り したいと思います。最初は北原白秋の「この道」です。
北原白秋は人生57年の間に37回も家を変わったそうなんですが、小田原には大正7年から15年までの8年間住んだということで小田原が大変気にいっていたようです。

小田原市の競輪場の少し先に住んでいた家がありました。小田原は白秋にとり、ゆかりの地でもあるんですね。白秋が北海道を旅行して札幌の情景を小田原に戻って詩に書いた曲が「この道」です。

からたちの花   (詩 北原白秋、曲 山田耕筰)
先日、私も行ってまいりました。小田原競輪場の少し先に白秋が「からたちの花」の詩をかいた「からたちの小路」の碑があるんですね。
いま垣根はないんですが、一本だけ大きな木がありました。2年前に、記念に垣根を植えたのか小さな木が何本かありました。
白秋は結婚して2歳の坊やをつれてこの小路を歩きながら、からたちの花がさいたよ、白い白い花が咲いたよと幸せいっぱいの中でこの詩を書いたようなんです。

一方の山田耕筰は父親が早く亡くなって9歳から13歳まで印刷工場で働きながら、工場の中の学校に行って勉強をしていた。その工場の廻りにからたちの垣根があって、先輩たちにいじめられると走って垣根までいってからたちのところで泣いたと。すると畑のおばさんがとても 親切にしてくれたそうです。
会場録音 からたちの花 (下記の▷クリック)

まちぼうけ   (詩 北原白秋、曲 山田耕筰)
2300年前の中国。韓非子という書物の中に株を守ってウサギを待つ守株待兎(しゅしゅたいと)という訓話があり、ある日せっせと畑を耕しているとうさぎがやってきて切り株(木の根っこ)にぶつかって転んだ。脳しんとうを起こして倒れたそのウサギの肉を食べた。

こりゃしめた、もう野良かせぎなんかしなくていいじゃないか、ただここで待っていればウサギがやってくるだろう。何を思ったのか畑仕事はやめて、毎日毎日ウサギが来るのを待っていた。ところが、待てども待てどもいっこうにウサギは現れず、畑もやがて荒れ放題になり、寒い北風が吹いてくるようになった。

まるでバブルの時に株に狂して、仕事もせずにスッカラカンになってしまった、そんな教訓的な話をユーモラスに詩にした白秋と山田耕筰はとても仲がよく、「この道」、「からたちの花」と合わせてこの「まちぼうけ」も白秋が詩に書いて耕筰が曲を作っています。

小諸なる古城のほとり   (詩 島崎藤村、曲 弘田竜太郎)
それでは、晩年を大磯で暮しました島崎藤村の曲にいきたいと思います 。
藤村は今の岐阜県中津川市の出身で、非常に旅を愛した人。「小諸なる古城のほとり」 という詩の中で、長野県の小諸の何ともさみしい早春の静かな様子を大変うまくスケッチしています。

春にはまだ遠く、緑をなす草はまだ生えてなく、雪のふとんを被ったような状態でそこに日に溶けた淡雪が流れている。

夜になると浅間山も見えなくなって、悲しい草笛の音がどこからともなく 聞こえてくる。千曲川のほとりの宿をとって、ひとりにごり酒をのんで旅の疲れを癒している。しみじみと趣のある歌。これに弘田竜太郎がしみじみとした曲を書いています。しみじみと演奏したいので、しみじみと聞いてください。

     ≪小諸なる 古城のほとり   雲白く 遊子悲しむ≫
      ≪緑なす はこべは萌えず   若草も しくによしなし≫
      ≪しろがねの 衾の岡辺    日に溶けて 淡雪流る≫

     ≪あたたかき 光はあれど   野に満つる 香もしらず≫
      ≪浅くのみ  春は霞みて   麦の色 わずかに青し≫
      ≪旅人の 群れはいくつか   畠中の 道を急ぎぬ≫

     ≪暮れゆけば 浅間も見えず   歌哀し 佐久の草笛≫
      ≪千曲川  いざよう波の   岸近き 宿にのぼりつ≫
      ≪濁り酒  濁れる飲みて   草枕 しばし慰む≫

椰子の実   (詩 島崎藤村、曲 大中寅二)
島崎藤村と言えばこの歌が有名です。
愛知県の渥美半島の伊良子岬で、ある日、南の島から漂着した椰子の実を民族学者の柳田国男さんが拾った。これをきっかけに「海上の道」という本を書いて、潮の流れによる古代の大陸から大陸への文化の伝達経路を解明した。

一方、柳田国男から話を聞いた島崎藤村は遠い南の島から離れて一人漂流する椰子の実を自分の身に例えて自分もあの椰子の実のようだなと自身を椰子の実に重ね合わせながらこの素晴らしい詩を書いたわけですね。

歌詞の最後に「思いやる八重の潮々 いづれの日にか国に帰らん」とありますが、これは唱歌の「ふるさと」の最後にでてくる「志を果たしていつの日か帰らむ」とは意味が違います。
いつか自分はこんな風に帰れる日がくるのだろうか、いやきっとそれはないだろう。
自分も椰子の実のようにふるさとへ帰れることはないだろう。
事実、藤村はこの大磯で最期を迎えました。しみじみとした曲ですね。大変有名な曲です。お聞きください。
会場録音 椰子の実 (下記の▷クリック)

     ≪名も知らぬ 遠き島より   流れ寄る 椰子の実一つ ≫
      ≪故郷の岸を離れて   汝はそも 波に幾月≫

     ≪旧の木は生いや茂れる  枝はなお 影をやなせる ≫
      ≪われもまた 渚を枕   ひとり身の 浮寝の旅ぞ≫

     ≪実をとりて 胸にあつれば   新たなり 流離の憂い ≫
      ≪海の日の 沈むをみれば   激り落つ 異郷の涙≫

     ≪思いやる八重の潮々   いづれの日にか国に帰らん≫

歌劇「カルメン」よりハバネラ、セギディーリア
次はガラリと雰囲気を変えましてオペラに行きます。今日のテーマは「旅」。 藤村も、白秋もひと所には長くはいなかった人。 ひと所にとどまらない人は ジプシーです。

日本の歌に戻りましょう。
島へ
川の流れのように (美空ひばり)

お約束のアンコール。もうプログラムに書いてありますね。この辺は紅葉が見えないんですが、いまはいい季節です。皆さん輪唱でお願いします。

アンコール
紅葉(もみじ)

     ≪秋の夕日に 照る山紅葉  濃いも薄いも数ある中に≫
      ≪松をいろどる 楓や蔦は  山のふもとの裾模様≫

     ≪渓の流れに 散り浮く紅葉  波に揺られて離れて寄って≫
      ≪赤や黄色の色さまざまに 水の上にも織る錦≫        

日本の抒情歌の「紅葉」を会場の皆さんと輪唱して午後4時すぎ散会。
                                         



プロフィール

略歴:百合道子(ソプラノ)
東京芸術大学大学院修士課程オペラ専攻修了。
1990年初のリサイタル以来、東京を拠点にオペラ、オラトリオの 独唱者としての活動のほか、主に日本歌曲のコンサートで活躍。
2003年より3年間、パリに在住。フランス歌曲の研鑽と、パリ、 バルセロナ等で演奏活動を行う。 オペラから演歌まで幅広いレパートリーと、トークを交えた肩のこらないコンサートには定評がある。2009年より大磯町在住。

略歴:添田千恵子(ピアノ)
埼玉大学教育学部音楽科卒業。
教員を経て、音楽教室主宰。
長年にわたりピアノ個人教授の他、合唱指導に力を注ぎ、入賞に 導く。
カワイ音楽コンクール優秀指導者賞受賞。
カワイ音楽研究会会員。女性合唱団「こいそマザーズ」主宰。大磯町在住。
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                                  (文:佐藤邦康)→メール

 

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